〈ゆうべの事は、何か悪い夢を見ただけだ〉
そう無理やり自分に言い聞かせた。
けれど、怪人の先を見とおすような言葉が気にさわり、頭から離れない。
〈この僕が、日の目を見ずオペラ座を去るだって? ふざけるな!〉
不愉快で悪夢のような出来事を忘れようと、必死にレッスンに打ち込んだ。
そうこうしているうちに、長いようで短い毎日がまたたくまに過ぎていった。
思わず、ため息がこぼれた。
空を見上げると、まだ明るい空にうっすらと白い月が浮かんでいる。
今夜はあの怪人が言っていた、いまいましい満月の晩だ。
〈本当に現れるのだろうか?まさか、そんなこと起こるわけがない・・・〉
そう思いながらも、レッスンを終えると早目に部屋に戻り、やおら本を片手にベッドに横たわった。
窓から覗く月が、明るく耀いて見えた。
風もない静けさが、返って不気味に思える。
僕は目を閉じ、時間が過ぎるのを待った。
出来れば何も起きないでほしい。
けれど、最悪の事態を考えた。
〈怪人のことだ。何を仕掛けてくるか分からない。いざとなったら、生きるか死ぬか、戦う覚悟は出来ている!〉
と、その時、空の向こうで稲光りが走ったのか、一瞬部屋が明るくなった。
すると雷鳴が轟き、地響きのような轟音が頭上で激しく鳴りひびいた。